4/01/2017

FMステレオ送信機を作っててイラっとする事



1:ステレオ飛ぶ
2:送信電波のオーディオ部分への回り込み

特に1です。現在、フルDSPの送信機を作っているわけですが、中身がデジタルとは言っても、作り出される電波そのものはアナログでありますので、当然、その電波に周波数変調された信号までがアナログなのです。それらを作り出すまでのプロセスがデジタルだ、ってだけなわけです。そして、デジタルだから音が良い、ってな事には一切ならず、最終的には規格化されたFMステレオ放送に合致するようにする時点で、最終的な音質などにはFMステレオ規格としての限界を伴うのです。

【デジタル化する事へのメリットは?】

まず、電波を作り出す回路をDDS(Direct Digital Synthesizer)にする事と、更にそこにDSP Filterなどを組み合わせる事で、一発でどんな波形の電波を作り出すかを頭打ちで決定し、その通りの物が得られます。アナログPLLよりも回路規模は1/10程度になり、尚且つPLLですと、周波数変調の際に周波数が推移した際、中心周波数に戻そうとする動作が介入します(実際には比較信号の位相に戻そうとする動作)。その時、特に周波数偏移が大きくなる低音信号により、PLL回路設計によっては「キーン」と言う音が発生します。しかし、このキーンという音を乗らないようにPLLの位相制御フィルター(ループフィルター)を設計しますと、変調を行う音に対して周波数の変動ヲガチガチに抑えようとするあまり、低音が乗らない送信機になったりするのです。実はPLLの場合、特にFM放送の場合には、このループフィルターと低音の「キーン」と言う音とは密接なトレードオフが発生し、米国のFM放送局では、「キーン」を妥協して深い変調が掛かるようにした放送局のほうが多いのです。R&Bなどで低音のバスドラム(Roland 808などのバスパーカッションなど)のみが目立つ曲などでは、低音と同時に「キーン」と言った音が乗っているのは、このPLL回路の都合と様々な技術的限界からくるトレードオフを容認した事からなのですね。デジタル回路にする事で、そもそもDDSはPLLとは全く違い、基本的にはデジタル信号(制御)により直接、目的の周波数を発振します。当然、PLLなどのような「ズレる」と言う事は有り得ません(DSPのベースクロックを司る水晶発振器のppmズレは除外)。極端に言うと、デジタルのまま周波数変調させた信号を作り出す場合、FMステレオ放送の±75KHzの周波数偏移を考慮していますので、その偏移をズレだとは認識しません。なので当然、低音に対しての「キーン」音も発生しない、と言う点は、これは有利と言えば有利でしょうね。実際、中にはキーン音が好きって人もいますが、それはここではニッチな需要として考えます^-^;。

デジタル化する事への利点としてはまだ有ります。音響処理までもをデジタル化してDSPで処理させるのならば、これはかなりの利点が発生します。アナログ回路ですと、回路自体を物理的に変更しなくてはならないような事でも、プログラム内の1行を書き換えるだけで最短1分程度で変更が可能です。またDSPチップの処理能力やメモリー領域が余っている場合は、基本ソフトであるファームウェアを書き加えるなどして、根本的、又は全体的な回路変更が外部から、場合によっては遠方地からも可能なのです。

アナログ電子回路の設計で言うと、基本的な回路図を描いて、部品の定数などは空欄にしておき、後からそれらを決定する、という、これはアナログでは難しい事がデジタルでは可能なのです。

【デジタル化する事でのデメリットは?】

実はこのデメリットのほうが格段に少ない事が、デジタル化が促進された要因です。しかしアナログ信号であるFMラジオ放送の電波を作り出すなどの場合においては、比較的膨大な処理が必要になります。代表例はデジタルオーディオ。CDはサンプリング周波数44.1KHzが基本です。これは、1秒間に44100回、アナログの世界の信号を扱う事を意味しますが、極端な話、1秒間に44100回のぶつ切り音を私達が聞いているのです。1秒間に44100回のプツプツ音を聞き取れる人はまずいませんが、これがもし、サンプリング周波数1Hzだった場合はどうでしょう?1秒間に1回しかアナログ音声を処理しないとすれば、これはもうクオーツ時計のカチカチ音になります。実際にはサンプリング周波数だけではなく、ビットレゾリューションという8bit, 16bit, 24bit, 32bitといった要素も絡みますが、基本的にはこのサンプリング周波数が高ければ高いほど、より繊細な音が表現できるわけです(これだけの説明だと、それって単に周波数特性の上限が、って話になるのでは?って話しになりますが、それは言わないで!Σ(^~^;))。とにかく、アナログの信号を処理したり扱う場合、1秒間に何回扱うかと言うのも単純にデジタル回路であるDSP部分の負担になるのです。てすが、最近のDSP技術の進歩は、実際に数百MHzといった電波を直接発生させれるくらいになってます。かつては、高周波発振回路があり、その発振回路の周波数調整部位を電子的に制御する(PLL)しか方法はありませんでした。

そして、敢えてこれをデメリットとするかは議論の的になりますが、アナログ信号を作り出す場合、デジタル→アナログの変換が必要になります。また、信号を処理する際にはマイコンなどによる数値演算が必要になりますので、その演算結果が出るまでの数ミリセカンドが遅延時間として発生してしまいます。因みにこれは、アナログには追い付けません。どんなデジタル機器でも、変換などを含めた処理が少しでも介入すれば、その分の時間は待たされます。

「数ミリセカンドなんて問題ないでしょ?」

はい、問題にはなりません。ですが、リアルタイムの音声処理においては、最大でも5ミリセカンド以内に収めないとならない、と言った業界での暗黙の了解があります。じゃないと、衛星中継のような事になってしまいます。

FM放送などの業務用途でもこれらの遅延時間は、機器の構成によっては無視出来ない場合にもなりますが、「実用上問題ない」とされればそれで通ります。なのでデメリットと言うかは疑問でもあるのですね。

【ステレオが飛ぶぞ!】

ここからはアナログであるFM放送電波の話になりますが、FMステレオには19KHzに、ステレオ音声をステレオとして伝送する為の制御信号が重点されています。しかし、音楽CDや、最近ではハイレゾ音源などは当然、音声帯域として50KHz付近にまで達している場合があり、音楽CDでも22KHzまでの帯域があるのです。主に高音部分なのですが、それをそのままFM変調しますと、この大切な大切な制御信号を妨害してしまい、受信側では19KHz信号の乱れとなり、瞬間的にモノラルになってしまうこの現状を、

Stereo Pilot Signal Drop

通称、ステレオ飛びと言います。勿論、受信機の作りによってはこのステレオ飛びのし難い、し易いはありますが、基本的にこの19KHz信号は送信側では死守する必要があります。ではどうするか、と言うと、音声信号の上限に制限を設けるのが一般的。つまり、19KHzを邪魔しないよう、16KHz程度までを乗せる様に、低域のみを通過させるフィルター(LPF=Low Pass Filter)


が使われます。念には念を入れて、一部の周波数のみを減衰させるNotch Filter


と言う物も併用します。しかし、実は音声には倍音と言う成分が存在します。この倍音は、これらのフィルターで取り除けない場合もありまして、その場合は設計者によって名称は様々ですが、私の場合はハーモニックフィルターと呼んでいるそれが必要になります。とまあこれを突き詰めていくと、最終的に到達するのは

音自体を乗せなければステレオも飛ぶ事が無くなる

っていうところに行き着くわけですので、どこかで折り合いを付けなければなりません。コンピュータウィルスに感染しないようにするには、ノートンやマカフィーなどを入れるより

コンピュータを使わなければ良い

ってのと一緒ですわね。

と言う事で、現在、このステレオ飛びにイラっとしつつ、色々と対策を考えてますが、現在製作中の送信機は、あくまでワイヤレスヘッドホン用途にしか考えてませんので、いつものようにそこまでは拘りませんが

どこぞのコミュニティーFMのようなステレオ飛びが発生している状態と言うのは、そもそもステレオ放送の意義を水の泡にさせてしまいます。高音を緩やかに10KHz付近から-6dB程度のカーブ特性を持つバターワースLPF一段入れればOKじゃん、っていうのはちょっと芸が有りませんので、もうちょっと切り詰めたい所ですが、色々とコードを書き換えたりしつついじっております。