5/26/2015

AMラジオの素晴らしさ(じっちゃんと共に綴った歴史) その後

以前、AM RADIO Technology & Antique Gear: AMラジオの素晴らしさ(じっちゃんと共に綴った歴史)にて、1290KHzの海賊放送局について書きましたが、なんと、Pandrにて私の配信を聞いていた方から情報を頂きました。たまたま、この話題を話していたのですが

1 : 2006年にお亡くなりになられていた
2 : 無くなる寸前まで放送をされていた

と言う話のようです。放送出力は50Wとコールされてましたが、実際には20W程度だった様子。つまり、PEPが80W程度と言うことなのでしょうね。

これは話して良いのか分かりませんが、FCCの関係者は、この放送局の存在は勿論分かっていたようなのですが、理由は不明ながら黙認していたようです。そもそもコロラドには、正義のヒーロー属性の人は少なく、「違反を見つけたら即通報」という血気盛んな「俺通報した!俺偉い!」系統な人はほぼ居ないのです。特に他の通信へと妨害を行ったわけでもなく、訴えや通報が無かったから検挙しなかっただけ、とも考えられますが、情報を下さった方からは、どうもFCCのお役人の中にはこの放送局のプログラムを非常に気に入っていた事から、検挙せずに居た、という可能性もあるそうです。放送されていた人は、98歳という高齢の方で、勿論、ラジオ送信機やミキサー、果てはマルチバンドコンプレッサー、レコードプレーヤーまで自作されていたそうです。放送設備は現在もお孫さんの手の中に残されているそうですが、あくまで祖父の形見として手にされたそうです。

第二次世界大戦で片足を無くされた人らしく、殆ど自宅からは出れない人のようでした。

2006/01/28が、最後の放送で、2006/02/03の朝に98歳で亡くなられたようです。現在、かつての送信所だったこの方の自宅は市営の駐車場になってます。この方のお名前も教えてもらいましたが、それはここでは割愛させて頂きます。

じっちゃんにこれらの情報を話しましたら

「どんなに「素晴らしい」「これ以上は何もするこたぁねえな」と思う時間を過ごしていても、みんな必ず後から「やり残した事がたくさんあるな」って思うもんだな。俺も1290と酒呑み交わしたかった。あの頃、本気出して探してたら出来た事だ。後から後悔するから「後悔」なんだろうがさ、何時でも出来ることだって思ってたから、やらなかったんだろうなぁ。日々の生活の中に当たり前に溶け込んでやがる平穏こそ、悪魔だと思うさ。缶詰みたいにいつでも食べれる保存食ってわけにはいかんな。人間の生活ってのは、保存料の入って無い食いもんだと思うさ。後から後悔しても、そいつらは食えやしない。腐っちまってるわけだからな。思い出だけだな、腐らねぇのは。」

って感じに、色々と語ってました。